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手児奈の伝説を歩く

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大門通りにある赤く塗られた継橋

tugihashi

市川・真間といえば手児奈の伝説が有名。万葉集にも歌われるほどの古い伝説で、多くの男性に慕われる美女が誰に添うこともなく、真間の入り江に身を投げたという話です。それだけではなんとも腑におちない話ですので、疑問については後述しましょう。今回は真間の界隈を歩いてみます。

大門通りを歩いて行くと赤く塗られた継橋があります。もともとこの一帯は低地で、この橋も昔は浅瀬に敷かれた板を継ぎ足したものであったようです。

橋のそばの「話飲茶屋つぎはし」でコーヒーを飲みながら店主の帆刈さんとひとしきり話しこんで、勧められるまま近くの亀井院の井戸を見に行きました。亀井院の名の由来は井戸から亀が出てきたからと言われていますが、亀井は瓶井ではないだろうかという人がいます。真間山の崖から湧き出る水を瓶で受けたのではないか、と。また、この井戸の水を汲む手児奈を傷つけないように葦の葉が片側の列しかないという伝説もありますが、風の強い地域では葉が片側に寄ってしまうのはどこでも見られる光景です。

手児奈霊堂、手児奈霊堂わきの古池、真間小学校の向かいにある浮島弁財天の祠を見て回ります。手児奈の伝説は弁財天信仰から派生したのではないか、浮島弁財天こそ手児奈伝説の発祥の地だったのではないか、そんな説のあることを思い出しました。

神田のお玉が池の弁財天にも「絶世の美女→複数の男性による求愛→入水自殺」の伝承があって、どうも弁天様に関連がありそうです。

もともと七福神のなかで唯一の女神である弁財天は、水をもつものを意味する「サラスヴァティー」が訛ったものだといわれています。仏教文化とともに伝播してきた弁財天が日本固有の土着の水神信仰と結びついた、というわけです。日本固有の水神信仰では、水の神を鎮めるために巫女が水中に入る儀式がありました。山部赤人の反歌に「勝鹿(葛飾)の真間の入江に打ち靡く玉藻苅りけむ手兒名し思ほゆ」がありますが、折口信夫は「乙女による海藻を刈る神事がかつて行われていた」といい、この儀式の原型は水神への処女の生け贄があったことを指摘しています。生け贄の風習はなくなっても、遠い記憶が入水に結びついて伝説になったのかも知れません。それにしても「話飲茶屋つぎはし」店主の帆刈さんの名前が

穂刈、あるいは藻刈であったとしたら、この儀式になにか関連があるようにも感じられます。

案内人:木ノ内博道

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