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白いタンポポを探して三体地蔵に出会う

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宝珠院前の門を入って左手にある「三体地蔵」

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散歩の醍醐味は行き先を決めないで歩くことではないでしょうか。私は、珍しい草花を見つけながら歩くことにしています。

春先はタンポポの季節です。と言っても、いまやセイヨウタンポポばかり。カントウタンポポはないのだろうかと探して歩きます。見分け方は、簡単に言うと、花の裏の蕚(がく)がめくれているのがセイヨウタンポポ。めくれていないのがカントウタンポポ。探しているうちに、陽だまりに咲いている白いタンポポに出会いました。シロバナタンポポは以前には多く見られましたが、いまはほとんど見かけません。タンポポは地下茎でも増えるので、一つ見つけると群生しています。

そうして歩いているうちに下総国分寺の門に来ていました。まるで何かに導かれたようです。入り口近くに、あどけない顔をした三体地蔵がありました。以前は里見公園の下にあったものです。このお地蔵さんには悲しいお話が由来になっています。

東京方面から見れば、国府台や真間山はのどかな地域だったのでしょう。小学校の遠足などでやって来ることが多かったようです。大正2年の5月はじめ、湯島の小学生がやって来て、里見公園で休んだ後、公園下の渡し舟に乗ったところ舟が転覆して3人の生徒が亡くなりました。

寺や町の有志が3人の子の両親と相談して三体の地蔵尊を江戸川の清流の見える所に祀りました。その後、昭和54年に江戸川の河川工事のため、三体地蔵は現在の国分寺に移されました。

事故の原因は、定員の倍近い34人も乗せたこと、水面でボラが跳ねて子どもたちが舟の片側に寄ったこと、あるいはボラではなくて、流れてきた木の枝を拾おうとして転覆した、などさまざまです。

このお話は民話として語り継がれ、山本有三の小説『波』にも描かれています。当時、話題になった事故だったのでしょう。

なぜかこの時期には子どもたちの事故が相次ぎました。古い新聞を読むと、この事故の1ヶ月後には島根県でやはり舟が転覆して女子児童16名が亡くなっていますし、その2ヶ月後には長野県で小学生11人が修学登山で遭難、凍死しています。

この遭難は新田次郎の小説『聖職の碑』の題材にもなりました。死亡した教師は聖職としてあがめられましたが、亡くなった子どもたちについては記録に残ることも少なく、江戸川でのこの事故についても湯島の小学校に事故の記録はなくなっていると聞いています。

案内人:木ノ内博道(資料『私家版里見公園新聞』 http://kinouchi.web.fc2.com/sinbun/) 

「江戸川三体地蔵尊由来碑」(右)

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