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本行徳の常夜灯を見に行く

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本行徳の常夜灯を見に行く

前回行徳を尋ねたときには、常夜灯は江戸川の護岸工事のために撤去されていました。それが、昨年の12月に「常夜灯公園」がオープンし、常夜灯が戻って来ましたので、さっそく見に行って来ました。

北越製紙脇から江戸川堤へ出て南下し、行徳橋を渡ります。欄干に埋め込まれたプレートによると橋は昭和三十一年三月竣工のようです。

歩道を自転車で進みます。幅が狭いものですから、自転車とすれ違うたびに止まり、身体を斜めにして対向車の通過を待たなければなりませんでした。

行徳橋を渡り、早めに右折して旧江戸川を進んだところが常夜灯公園です。

塩焼、塩浜の地名が残っていることからも分るように行徳は古くから塩の産地として有名でした。江戸時代には幕府の天領とされ、塩が盛んに生産されるようになります。その塩を運ぶために船が運航され、本行徳村に航路の独占権が与えられました。船が運航されると塩ばかりでなく人や物資の輸送に使われるようになりましたので、本行徳はとても栄えていたのです。

行徳河岸から日本橋までの船は「行徳船」、「長渡船」と呼ばれ、松尾芭蕉、十返舎一九、小林一茶など著名人も行徳船を利用したそうです。

江戸中期になると成田山詣の講中が盛んに行なわれるようになります。本行徳の常夜灯は、文化9年(1812)に日本橋西河岸と蔵屋敷の講中が、航路の安全を祈願して成田山新勝寺に奉納したものです。

常夜灯の隣には「市指定有形文化財」のプレートが設置され、そのプレートには天保年間に発行された「江戸名所図会・行徳船場」が掲載されていました。

図には江戸川に浮かぶ荷物や人を運ぶ船が六艘。萱・瓦葺きの家や馬を引く人、天秤をかつぐ人など。行徳街道に目を移せば笹屋うどん・・・そして、左手には石垣を台座にこの常夜灯が描かれているのです。

夕暮れ時。常夜灯や茶店に火が灯り、船場は活きの良い声が飛び交い始める・・・そんな江戸時代の本行徳を想像すると気持ちがワクワクするのでした。(堀)

【旧江戸川沿い常夜灯公園の常夜灯】

joyatou常夜灯には南面と北面に大きく「日本橋」、東側に「文化九壬申年三月吉日建立」、西側に「永代常夜灯」と刻まれています。台座には奉納した人の名前が刻まれていて、高嶋屋又七、魚屋繁蔵などの文字が読めます。


 

 

 

 

【行徳可動堰の鋼製鋲接ローリング・ゲート】

rollinggate通常はゲートを下げて塩水の遡上を防ぎ、洪水の時にはゲートを上げます。ローリング・ゲートのドラム径が3.5メートルですから、上流と下流の水位差は1メートル位はありそうです。

 

 

 

 

【行徳街道沿いの笹屋うどん跡】

sasayaudon江戸から成田詣をする人たちは、日本橋から行徳まで船を使いました。行徳の笹屋で名物のうどんを食べ、そして、成田へ向かったのだそうです。

【参考】

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