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市川市八幡4-2-1 葛飾八幡宮

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葛飾八幡宮

葛飾八幡宮は「八幡」という地名の由来となった神社で、本八幡駅前交差点を市役所方向に150メートルほど進み、左に入ったところにあります。京成線踏み切りの手前には大正9年に行われた耕地整理を記念した「改耕碑」があり、案内看板を読みますと耕地整理で真間川の改修、菅野・須和田がアシ・スゲ等の密生する低湿地の埋め立てが行われ、この付近はほとんど農地だったことが分かります。

参道を進むと、かつては仁王門だった随神門があります。随神とは、貴族の警護に随従した人を指す「随身」という言葉から来たもので、神を守るために安置される像のことです。八幡宮の境内には江戸時代までは上野寛永寺の末寺である「八幡山法漸寺」というお寺がありました。しかし、明治の廃仏毀釈により廃寺になっています。

本殿の東側には天然記念物の「千本いちょう」があります。このいちょうは1本の樹のように見えますが、多数の樹が寄り集まり、くっ付いてしまったものです。

古くから有名ないちょうで、天保年間(江戸末期)に刊行された「江戸名所図会」にこの樹が紹介されています。
また、参道には市川に梨を普及させ、「梨祖」と仰がれた川上善六翁を讃えた「川上翁遺徳碑」があります。
明和年間(江戸中期)、川上翁は美濃国(岐阜県)から優れた梨を持ち帰り、この地に梨園を開きました。接木用の穂を持ち帰るとき、穂が枯れないよう大根に刺したという逸話が残っているそうです。

神聖な場所であることから、他にも初代市長の浮谷竹次郎氏の像。木更津市に生まれ、八幡に生涯を閉じた「東京の花売娘」「啼くな小鳩よ」「憧れのハワイ航路」等の流行歌手、岡晴夫氏の顕彰碑があります。(堀)

【葛飾八幡宮本殿と千本公孫樹 (いちょう)】

honden寛平年間(平安初期)に宇多天皇の命により建立されたと伝えられている葛飾八幡宮。左に黒く写っているのが明和年間(江戸中期)に氏子より奉納された灯篭。灯篭の左手奥に幕末に奉納された大絵馬が安置されている神楽殿があります。

平成13~14年にかけて改修工事の行われた随神門

zuishinmon随神門は、江戸時代は仏教の守護神である仁王像が安置された仁王門でした。明治政府により神仏分離が行われると仁王像は行徳の徳願寺に移されました。その後に左大臣、右大臣像が置かれるようになりました。

葛飾八幡宮境内にある鐘楼

shourou葛飾八幡宮は神道の神社ですが、仏教用具である鐘楼があります。また、寛政5年(江戸時代後期)に境内にあったケヤキの大樹が暴風で倒れ、その株根から出土したと伝えられる千葉県指定有形文化財の梵鐘が社務所に保管されているそうです。

【参考】

  • 市川市教育委員会設置看板
  • 葛飾八幡宮社務所設置看板
  • 市川市 文化情報サイト / 葛飾八幡宮散策マップ
    http://www.city.ichikawa.lg.jp/cul01/1421000003.html
  • フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    葛飾八幡宮・神社・神道・神仏習合・神仏分離・神宮寺・鐘楼・他

 

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