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ご近所の散歩道/17:【2008/01】市川市八幡4-2-1 葛飾八幡宮

市川市八幡4-2-1にある葛飾八幡宮の紹介です。

葛飾八幡宮


葛飾八幡宮は「八幡」という地名の由来となった神社で、本八幡駅前交差点を市役所方向に150メートルほど進み、左に入ったところにあります。京成線踏み切りの手前には大正9年に行われた耕地整理を記念した「改耕碑」があり、案内看板を読みますと耕地整理で真間川の改修、菅野・須和田がアシ・スゲ等の密生する低湿地の埋め立てが行われ、この付近はほとんど農地だったことが分かります。

参道を進むと、かつては仁王門だった随神門があります。随神とは、貴族の警護に随従した人を指す「随身」という言葉から来たもので、神を守るために安置される像のことです。八幡宮の境内には江戸時代までは上野寛永寺の末寺である「八幡山法漸寺」というお寺がありました。しかし、明治の廃仏毀釈により廃寺になっています。

本殿の東側には天然記念物の「千本いちょう」があります。このいちょうは1本の樹のように見えますが、多数の樹が寄り集まり、くっ付いてしまったものです。

古くから有名ないちょうで、天保年間(江戸末期)に刊行された「江戸名所図会」にこの樹が紹介されています。
また、参道には市川に梨を普及させ、「梨祖」と仰がれた川上善六翁を讃えた「川上翁遺徳碑」があります。
明和年間(江戸中期)、川上翁は美濃国(岐阜県)から優れた梨を持ち帰り、この地に梨園を開きました。接木用の穂を持ち帰るとき、穂が枯れないよう大根に刺したという逸話が残っているそうです。

神聖な場所であることから、他にも初代市長の浮谷竹次郎氏の像。木更津市に生まれ、八幡に生涯を閉じた「東京の花売娘」「啼くな小鳩よ」「憧れのハワイ航路」等の流行歌手、岡晴夫氏の顕彰碑があります。(堀)

平成13~14年にかけて改修工事の行われた随神門

葛飾八幡宮境内にある鐘楼

【参考】

  • 市川市教育委員会設置看板
  • 葛飾八幡宮社務所設置看板
  • 市川市 文化情報サイト / 葛飾八幡宮散策マップ
    http://www.city.ichikawa.chiba.jp/bunka/yawata/katuhati.htm
  • フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    葛飾八幡宮・神社・神道・神仏習合・神仏分離・神宮寺・鐘楼・他

 

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