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ご近所の散歩道/1:【2002/12】北原白秋が居住した「紫烟草舎」

国府台里見公園の一角にある紫烟草舎の紹介です。

北原白秋

北原白秋と市川

歌人・童謡作家であった北原白秋(本名・隆吉)は、大正5年、真間の亀井院の庫裏で江口章子と住み始めました。しかし、白秋は、一月半ほど過ぎると江戸川を挟んだ南葛飾郡の小岩村三谷へ移ってしまいます。

白秋は静かな万葉の里を慕って来たのですけれども、当時は耕地整理事業の真っ最中で、真間川の水路は整備され、亀井坊の東の台地が崩され、手児奈霊堂周辺の蓮池も埋立られたてしまって、白秋が思った真間ではなくなったのが転居の理由のようです。

小岩村三谷に移り住んだ白秋は、その住居を「紫烟草舎」と名付け、そこで1年2ヶ月暮らしました。
この「紫烟草舎」が江戸川の改修工事にかかることになり、市川市が昭和44年に持ち主から寄贈を受け、向戸川を挟んで向いの里見公園に移築されたのが現在の「紫烟草舎」です。ここでの生活体験がのちに歌集「雀の卵」・「葛飾閑吟集」・詩文集「雀の生活」・童謡集「二重(フタエ)虹」などの作品となったといわれています。

【北原白秋略年譜】
明治18年:1月25日、福岡県柳川市に生まれる。父長郎、母しけの 長男、本名隆吉。
明治37年:中学を卒業間際に退学して上京、早稲田大学英文科予科に入学。
明治38年:長篇詩「全都覚醒賦」が「早稲田学報」の懸賞に一位当選。
明治42年:処女詩集「邪宗門」刊。実家破産。
大正 2年:福島俊子と結婚。「城ケ島の雨」作詩。
大正 5年:江口章子と結婚。真間の亀井院に寄寓。
大正10年:佐藤菊子と結婚。歌集「雀の卵」刊。
大正13年:「からたちの花」作詩。
昭和17年:東京杉並の自宅で11月2日他界。

【写真】紫烟草舎にある歌碑

【参考】

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