ご近所の散歩道/25:【2010/01】国府台公園から須和田・六所神社へ
国府台公園から須和田・六所神社の紹介です。
国府台公園から須和田・六所神社へ
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【市川スポーツセンター内の「下総総社跡の碑」】 |
今回は国府台公園を散策しました。「市川広小路」交差点から1キロほど北上。松戸街道を上りきった右手に国府台公園があります。陸上競技場、ナイター設備のある野球場、テニスコート9面、体育館があり、市川市のスポーツセンターになっています。
入り口左手に市川に在住していた彫刻家・藤野天光の作品「感激」が展示してあります。台座の裏には天光の長男、藤野忠士氏による碑文が刻まれ、昭和27年のヘルシンキ・オリンピック大会で活躍した石井・上迫の両選手が共に市川市在住であったことから、感激をこめて制作したことが紹介されています。
藤野天光は群馬県館林市生れ。市川市に長く住み、千葉県美術会理事長、日展審査員、理事をつとめ、昭和50年に勲三等瑞宝賞を授与されています。
野球場とテニスコートの間をぐるりと回って突き当たりが体育館、その手前が「下総総社跡」です。
大化の改新(645年)によって律令制が定められ、下総国(しもうさのくに)が生まれます。下総国の国庁が置かれたのが国府台。そこには中央から派遣された国司が赴任していました。現在の野球場付近に国庁があり、国庁を中心に官庁街が広がっていたのです。
市川市教育委員会の設置看板によりますと、国司は下総国内の有力神社を管理し、参拝しなければならなかったのですが、広い下総国を回るのは大変。そこで国内の神々をあわせてまつった神社が建てられ、それが総社(六所神社)なのだそうです。
明治18年、国府台に陸軍省が陸軍教導団を設置すると、翌年に六所神社は須和田へ移転されました。
国府台公園と国府台病院の間にある道路入り、北台庚申堂、下総国分寺を通って須和田1丁目交差点前の六所神社へ。写真を撮影し、碑文をメモするとASA市川へ戻ったのでした。(堀)
スポーツセンター入り口にある藤野天光・作「感激」
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ヘルシンキ・オリンピックで唯一の金メダリスト石井庄八選手と体操銀メダリストの上迫忠夫選手の像です。当時、両選手は市川市在住。同じく市川在住の彫刻家・藤野天光が制作し、日展に出品されたものです。 |
須和田1丁目交差点前の六所神社
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鳥居近くには須和田青年団によって寄贈された国旗掲揚場があります。設置は昭和13年。正面に刻まれた「国威宣揚」と言う文字が時代背景を感じさせます。 |
【参考】
- 市川市教育委員会設置看板
- 六所神社御由緒
- 国府台/下総国/令制国/上迫忠夫(Wikipedia)
- 藤野天光プロフィール http://www.city.ichikawa.lg.jp/cul01/1511000004.html
- 日本レスリング協会/五輪王者/石井庄八 http://www.japan-wrestling.org/special/wchamp/wchamp001.htm

